



釉薬に頼るのではなく土そのものの力を引き出すことで器の魅力を表現する。素朴でありながらも素焼きとは違うその独特の作風が印象的な陶芸家、伏尾台在住の松山マユミさん。陶芸は松山さんにとって自分自身と向き合うことができる貴重な時間。
「土に触れている間は、土のことだけを考えることができるんです」
普段は日々のいろんなことで騒がしい心や頭の中が、土に触れ手を動かしていると次第に静まりクリアになって“これをかけたらどうなるだろう?”とか一人でワクワクしたりニヤニヤしたりしながらいろいろと試してみる。思うような表情が創れなければ何度も焼き直し、磨き直して納得のいく形を探し続ける。
その繰り返しは、まさに自分の好きなものは何かを確かめていく作業。"自分との対話"のなかから作品を創り出すのが松山さんのスタイル。陶芸とは松山さんにとって、心と生き方のバランスを保つために欠かせないものなのです。

「古いものの傷みや錆びは劣化ではなく、時間とともに味わいを増していく“経年美化”なんです」
そう話す松山さんの感覚の根っこには、自然や時間が偶然つくり出す模様への強い愛着があるのだと言います。
例えば、京都のギャラリー近くの駐車場にあった鉄の壁は、錆びがマーブル状に広がっている模様で、それが好きで好きで仕方がなかったそうです。壁や床を見ていても、シミや模様に自然と目がいってしまうそうで、その傷みや錆びも含めて、時間が刻んだ表情そのものを愛しておられます。こうした感性が土や灰、漆を重ねて偶然の表情を引き出す器づくりに通じているように感じました。

現在、伏尾台を生活の拠点とし陶芸活動を続ける松山さんは、大阪に生まれた後、8歳から18歳までを両親の故郷・鹿児島で過ごしました。その後、進学と就職を機に愛知県へ渡り会社勤めをしながら学校で学ぶ日を過ごします。通っていた学校の先生から「面白いところがある」と勧められて見学に訪れた名古屋の老人ホームに惹かれ、そのままそこへの就職を決めました。

決め手は、施設長の人柄でした。その施設の一部に囲炉裏のある古民家があって、松山さんの職場環境には昔ながらの家具や暮らしぶりが息づいていました。その環境こそが松山さんがその後、骨董や古いもの、そして仏教美術への愛着を育んでいくきっかけとなるものでした。
もともと何かを「作る側」への憧れは無かった松山さんでしたが、あるときネットでどうにも気になる木工作家の漆の作品と出逢います。
「見れば見るほどその格好良さに心を奪われたんです」
陶芸のことをよく調べるうちにその作品は陶器に漆を焼き付ける「陶胎漆器(とうたいしっき)」という技法であることを知りました。面白そうだと感じ材料を自ら買い揃えて自分でも作ってみることにしましたがはじめはうまくいきません。それでも試行錯誤を重ねながら気づけばすっかり陶芸の世界に魅せられ、のめりこんでいたのは松山さんが40歳頃のことでした。今では“自分だけの表現”を探し続ける毎日です。

松山さんは師匠につくのではなく、自らネットで調べた手順をもとに材料を買い揃えて自分の作風を築いていくというスタイル。
「漆の配合も焼き時間もすべて自分で調整しながら、感覚をつかんでいきました」
そんな松山さんの最大の課題は質感でした。漆をそのまま塗ると、ツルツルでピカピカの仕上がりになりますが、松山さんはその光沢を好まず、あくまで自然でできるだけ素朴な風合いを求めていました。
そこで、おがくずや土、天然素材の粉末を混ぜ込み、あらゆる実験をしていくのでした。

木粉や土を加えると艶が抑えられ、混ぜる素材によって茶色みを帯びたり、錆びた鉄のような風合いになったりしました。そんな長年の試行錯誤が功を奏し、ようやく陶器の表情を操れるようになれたのだそうです。
ただ、肝心の漆と肌の相性が良くない松山さん、漆を扱うと毎回ひどくかぶれてしまうのだそうです。それでも手袋や薬で対応しながら続けているのはこの“陶器の表情”を見るためだからだと言います。

松山さんは作品作りで漆をはじめて使い始めた時、お岩さんのように顔が腫れ上がり、抗アレルギー薬を服用しなければなりませんでした。そのため職場からは運転を控えるように言われた松山さん、
「もう陶器づくりを続けられないかもしれない」
当時を振り返って、一度はそう思ったくらい「命がけだった」と冗談交じりに話してくださいました。
それでも陶胎漆器の作品作りを止めなかったのは、漆でしか出せない表情があるからでした。表面がツルツルではなく錆びた鉄のように静かで深みのある質感。その美しさを、どうしても自分の器で表現したいという思いがかぶれる苦しさを上回っていたのでした。
今では手袋をつけ、作業の前には薬を飲み、考えつく限りの自衛をしながら取り組んでいるのだそうです。
家族も止めても無駄だと分かって何も言わなくなりました。リスクを承知のうえで好きな表現を選び続ける。その静かな覚悟が松山さんの器づくりの力になっています。

松山さんがご自身の作品に思い描くのは、特別な日ではなく、いつもの食卓です。朝は、トーストや野菜をのせるだけで、見慣れた朝ごはんが少し特別な時間に変わります。使い終えたら、普通の台所用洗剤で洗って、拭いてしまうだけ。玄関に飾りたくなるほどの佇まいでありながら、できれば日常の中で使ってもらえたらというのが松山さんの願いです。

松山さんが黒い器を大切にしているのは、黒こそが食べ物をいちばん美しく見せる色だと感じているからだそうです。
漆にはさまざまな色合いがありますが、中でも黒は、盛りつけた料理の色合いや形の輪郭をくっきりと引き立て、素材そのものの魅力を際立たせてくれます。
もともと黒や褐色が好きだったということもあり、漆に顔料を混ぜ合わせて、より深みのある黒に仕上げることもあるのだそうです。

松山さんの器には、6回も焼かれたものがあるそうです。
難破船から引き揚げられた壺のような、古びた佇まいの白い器も、5回、6回と焼きを重ねてできたものだといいます。
焼き上がった器が思い通りでないときは、その上にさらに土を化粧のように重ね、もう一度焼きます。土が乗りにくそうなときは、少しだけ釉薬を足すのだそうです。焼いた後は、腱鞘炎になるほど磨き込むのだとか。
「最近は電動の道具も使うのですが、もう電気代が気になるほどやり直します」
そう微笑みながら話す松山さん、最後の仕上げには必ず自分の手で行っておられます。焼き上がりの感動は、想像を下回ることもあるそうですが、その向上心があるからこそ、この試行錯誤を続けられるのだと話してくださいました。

こちらの作品は、中国の上海の器屋さんに声をかけられて参加した、十数人の作家による「シルクロード展」のために作られたもの。
松山さんが題材に選んだのは、インドの更紗です。更紗は、木綿の布に花や幾何学の文様を染め出した布のことで、木の版を使って一つひとつ布に写していく木版染めでも知られています。インドで生まれたこの布は、交易路に乗って東南アジアへ、さらに海を渡って日本にも伝わりました。
そのイメージで、この丸い模様入りのお皿を作りましたが、柄をつけるときにその木版を利用したのだそうです。
布を染めるための版を土の上に写す。布から器へと素材を変えながら、更紗の旅の続きを描いたような作品です。

松山さんは、桜島の灰を使った作品も手がけているそうです。
桜島の灰に、鹿児島の実家の畑の土を混ぜ、器の表面になすりつけるように重ねて表現するこの作風を松山さんは、
「鹿児島へのオマージュ」
と呼んでいます。その二つを器にまとわせることで、ふるさとへの深い深い思いを形に表しているんですね。
土そのものの力を生かしたいという松山さんらしい、素朴で温かな土への敬意の表し方です。

焼き上がった器の表面を、わざと削り落とすこともあるそうです。何度か焼いたあとここを削り落としたらどんな表情になるのだろうと思い、気になる部分を削ったといいます。
仕上がった器を見たお客さんが、言われるまで削った跡に気づかなかったほど器の表情になじんでいます。
別の作品でも、炭や灰で色や表情をつけたあとに少し削り落とし、火山が噴火したような力強い雰囲気に仕上げたこともあるそうです。
狙い通りにならなければ、焼き直しては削り、また焼く。その繰り返しの中で「これはいいかも」と思える瞬間を探しているといいます。

ひび割れそのものを表情にした器があります。はっきりしたテーマがあるわけではなく、とにかくひび割れを作りたい、ひび割れが好きだという思いから生まれた作品だと言います。
作る時には、洞窟の壁画のような古い時代の空気を思い浮かべることもあるそうです。エイジングを施したような古びた表情がとても好きで、うまくいかないながらも諦めきれずに挑戦を続けたと言います。
同じ土を使う他の作家さんが上手に仕上げているのを見ると、難しさを実感するそうです。それでも、思い通りにならない試行錯誤を重ねる日々そのものが、この作品の味わいになっています。

こちらは軽い器ができないかと考え、粘土に和紙を混ぜてみたそうです。焼けば和紙が燃えて隙間ができ、軽くなるのではないか。そんな期待の一方で、焼いたら燃えてしまうかもしれないという心配も少しあったと言います。
混ぜ方は割とおおざっぱで、深く考えずに手を動かしたそうです。松山さんは、こうしたのびのびとした制作を、自分を解放する時間にしているのだそうです。焼き上がった器は、パリパリとした軽やかな質感でした。木の実を乗せたり、お気に入りのアクセサリーを飾ったりして楽しめる一品です。

植物のなかでは蓮が大変お好きな松山さん、お子さんの名前にも蓮の字を付けるほど蓮を愛している松山さんの蓮への深い想いから生まれた作品。器の上下に蓮の葉の模様が素敵です。
蓮は仏教美術で、清らかさの象徴として多く描かれてきた花です。また、泥の中に凛と咲く姿は“忍耐”することの意味を説いているようにも見えます。古いものや仏教美術に惹かれてきた松山さんにとって、心が蓮に向かうのは自然なことなのかもしれません。

荒々しい土の質感の中に、蓮の葉がそっと浮かび上がるやさしい佇まいの器は、そうした長い歳月の記憶を今の食卓へそっと運んでくれるようです。好きな花への愛着に家族への思いも重なった、松山さんにとって特別な作品です。


お話してきた通り松山さんの陶芸へのこだわりは、釉薬に頼らず土そのものの力を引き出すことにあります。釉薬をかければそこで仕上がりますが、あえてかけないのが松山さんの流儀だと言います。代わりに、焼き上がった器に様々な土を化粧のように塗って焼き直したりするのだそうです。土がのりにくそうなときだけ、少量の釉薬を足して「助ける」とのことです。

そのたびに表面はガサガサとした表情になり、素朴で、土の素材そのものの味わいが出るのがたまらない魅力だと言います。
「工房で20キロの土を抱えて運ばないといけないんです」
そう話す松山さんが使う土は、白い土と薄茶色の土が中心とのことです。また、女性作家として土の重さとどう向き合うかということも現実問題としてあるようです。土は袋一つで20キロもあり、思い通りに扱うには体力が欠かせないと言います。そのため近ごろは、健康に気をつけて体力づくりも意識しているのだそうです。
松山さんにとって陶芸はビジネスではなく、自分の心と生き方のバランスを保つために今後ずっと無くてはならないもの。
「売ることより人との交流や作品の向上を大切に、気の向くまま赴くままに続けていきたいんです」
自分の表現を大切にし、土と向き合う時間を重ねていきたいという松山さんの気持ちが伝わってくる素敵な言葉でした。
(2026年9月23日取材)

今回取材させていただいた展示会場のJOZU+(ジョウズプラス)は、大阪府豊能町余野にある複合施設です。豊かな自然に囲まれたのどかな立地にあり、都会の喧騒を離れてゆったりと時間を過ごせる場所として知られています。発酵食を楽しめる飲食店と、家具や雑貨を扱うショップが一体になっており、ひとつの空間でさまざまな楽しみ方ができるのが魅力です。

作家の展示やポップアップも開かれ、暮らしになじむ器や雑貨、アート作品が中心です。これから世に出ていく新人作家との出会いもあり、作り手の思いや素材の魅力を身近に感じられます。知る人ぞ知る隠れ家のような存在で、落ち着いた空間の中、じっくりと向き合える時間が流れています。一つひとつの器や雑貨には作り手ならではのストーリーが込められており、手に取るたびに新たな発見があります。食やインテリアとあわせて、ものづくりの魅力にふれられる場所です。訪れた人それぞれが自分なりのお気に入りを見つけられる、心満たされるひとときを過ごせるスポットといえるでしょう。
